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生涯働き続けられるように

子育てが終わりに近づいて、これからの人生どうしようかなあといろいろ考えています。
最初は知り合いのファイナンシャルプランナーさんが言っていた通り「65歳以降の生活を賄えるよう、今から貯金しておいた方がいい」と思っていました。
しかし最近になっていくつかのきっかけがあり、「身体が動くうちは働き続けた方がいいのかも」と考えるようになりました。


そうか、45歳を節目に次の人生設計をした方がいいのか。
すごく腑に落ちました。

だいたい、45歳を過ぎると我慢が利きづらくなる。
私はそれまでいろいろあって我慢しすぎていたせいもあって尚更。
人間が一生の間に我慢できる量は決まっているんじゃないか、というのが私の仮説です。

だとすると、今から準備すべきは「貯金」じゃないかもしれない。
逆に自分自身に投資すべきなんじゃないだろうか。

一方で、今の生活も維持し続けなければならないし。
どうしたものか・・・。

もう少し考えてみます。
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授業づくりを考える

新年度が始まって1ケ月余り、生徒たちと徐々に関係が築けてきたような感じがします。
それはどうして分かるかというと、例えば
「微分係数と導関数の違いが分からない」とか、
「微分するのに『定義に従って』計算するのとそうでないのとの違いが分からない」
といった質問が、授業中に出てくるからです。
生徒たちが口々に「分からない」と言い出して一時的に「カオス」な状態に陥るわけですが、それは別の側面から見ると
授業中に分からないことを「分からない」と意思表示しても大丈夫なんだ
と生徒たちが安心していることの証拠とも受け取れるのです。

取り立てて「アクティブラーニング型」の授業をしているわけではないけれど、これはこれで、生徒たちが「主体的に」学んでいることは確か。
私としては、そういう時間を大切にしたいです。

・・・そうはいっても、授業進度をそれなりに保たなければいけないのもまた事実。

試行錯誤はまだまだ続きそうです。

連休最終日に思うこと

この時期、一応世間並みに連休をもらって、明日から通常業務です。

今年のGWは例年になくいろいろなところに出かけました。
連休前半は前々から予定していた益子へ、後半は急遽思い立って静岡へ。


カトリック松が峰教会


芹沢銈介邸宅

何となく、家にいるとあれこれ考えて辛くなるんじゃないかという虫の知らせのようなものがあったのかもしれない。

連休最終日の今日は、普通に家事をして持ち帰り仕事をして過ごしました。
息子たちはそれぞれに用事があって全然家にいないので、おのずとひとりでいる時間が長くなります。
ひとりでいると、あれこれ考えちゃう。
今までのこととか、これからどうしようとか。
考えても仕方ないのかもしれないけど、これは私にとって癖のようなものなのでそんなに簡単に変わるわけじゃない。

あれこれ考えていたら今までの出来事、辛かった感情などを思い出してひとりで泣いちゃった(家族がいたら逆に泣けなかっただろうな)。

それでも友人のブログにコメントをつけたりtwitterを眺めていたらだんだん落ち着いてきた。

明日からの通常業務に向けて少しずつ準備しようかと思っているところです。

この記事を読んでくださっているみなさんも、無理せずぼちぼちいきましょうね。

【緩募】授業公開してくださる教員の方、いらっしゃいませんか。

以前からこのブログを読んでくださっている方はご存知かもしれませんが、私は学校に勤めています。
もちろん今までにも授業参観をしたことはありますが、息子たちの学校がほとんどで、完全に仕事モードでの授業参観はほとんど皆無だということに気づきました(勤務校では慣習としての研究授業をやっていないのです)。

気がつけば長男は大学生、次男はこの4月から高校3年生。
保護者モードとして「合法的に」同業者の授業を参観する機会がもう間もなくなくなるのだなと。

校種は小中高、それほど問いません。大学でもいいです。
教科も問いません(私自身は数学が専門です)。
さらには、いわゆる「1条校」だけではない、通信制・定時制、さらにはフリースクールも見せていただきたいです。
学校の場合、特別「主体的・対話的で深い学び」(アクティブラーニング)をしていなくても、一斉授業であっても全然構いません。

私の方は原則週5日フルタイムでの勤務があり、行ける日程は限られています。
ただ、3年ほど前から勤務校では「研修出張」として柔軟に対応してくれるようになっているので、私の授業の空き時間とうまくタイミングが合えばチャンスは広がると思います。

かなりの制限があるのは重々承知の上で、今後の自分自身の可能性を広げられたらと思い、この記事を書いています。
教育関係者で興味を持ってくださった方がいらっしゃったら、コメントかtwitter経由でDMをください。

最近考えていること

久しぶりの更新です。
すべてを文字媒体で表すことが難しいテーマですが、とりあえず書いてみます。

2月から3月にかけて、主に教育に関するセミナーや研修会にいくつか出かけてみました。
いろいろと勉強にはなったのですが、ものすごく引っかかる点がひとつあります。

それは、どの研修会でも「教員と保護者がどう向き合うか」という視点がサッパリないこと。

2020年度から順次施行される新しい学習指導要領では「主体的・対話的で深い学び」を促すよう大々的に掲げられていますが、そもそも教室の中で子どもたちが互いの意見を聴き合い、対話が成立するためには、子どもたちひとりひとりが「認められている」という安心感が持てることが絶対必要です。
これだけ社会が激変し、様々な家庭の事情を抱えた子どもたちみんながみんな、はじめから「自己肯定感」を十分に持っているとは思えません。
極端に自己肯定感の低い子どもがこのような「主体的・対話的授業」に放り込まれても、周りとのコミュニケーションがうまくいかず一斉授業の時以上に孤立したり、あるいはクラスの雰囲気をぶち壊しにする羽目になったりしないでしょうか。

学級経営にあたって、担任対児童・生徒、または子どもたちどうしの信頼関係を築くという点で教員が相当な配慮をすべきであるということは以前から指摘されているし、そのような議論はかなりなされてきました。
それでもなお、保護者の影が薄いと思うのは私だけでしょうか。

↑でも指摘したような授業を目指すとなると、授業の方法以前に「どのような子どもに育てたいか」という理念が今まで以上に重要になって来ます。そのとき、保護者と学校の考え方があまりにも違っていたら、せっかく良い授業を構成したいと張り切って準備しても効果が半減してしまいます。

特に義務教育課程では保護者と学校との連携は必須だと考えます。
この部分、教員はもっともっと重視すべきではないでしょうか。

・・・と、ブログに書いているだけでは何にもならないので、4月以降、私の知人で教育に関心のある方に声をかけて、このようなことをテーマとしたオフ会(研修というほど大そうなものではなく、ざっくばらんにおしゃべりができる「場」のようなもの)を開きたいと考えるようになりました。

本来教育に関して議論するとなると、例えば
(1) 不登校、または保健室(別室)登校
(2) 発達しょうがいに関するもの
(3) 学習に困難を抱えているもの
といったカテゴリーでクローズアップされがちですが、私としては
A 学校に通えてはいるけれども人間関係がうまく築けず集団に適応できない
B 学校にそれなりに適応できてはいるものの親子関係がうまくいかない
の方が実は問題の根が深いんじゃないかと思うのです。
(1)~(3) の背景として実は A や B が潜んでいるということも少なくないんじゃないかと。
(1)~(3) と A,B はお互いの関連性は深いけれども「軸」が全然違うというイメージを持っています。

なので、もし仮にオフ会が実現するなら↑の A や B に焦点を当てた議論をしたいのです。
そうなると (1) ~ (3) などが付随して話題に上るのは自然の流れだと思うので、それを阻害することはしないつもりです。

何分相当な守秘義務が伴うので、最初は私の知り合いに少しずつ声をかけて始めようかと思います。続けられそうなら徐々に輪を広げていってもいいかも。

この記事を読んで興味を持った方がいらっしゃったら、コメント欄にその旨書いていただくか、twitter経由でDMをください。
プロフィール

あやこ

Author:あやこ
数学、教育、音楽、演劇などに興味があります。読書も好きです。ここ数年はほぼ日手帳を愛用しています。このブログはtwitterに書くにはちょっと長くなっちゃうような文章をつらつら綴っています。よろしければおつき合いください。





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